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Hiro — 連作
ACT IV — CONFRONTATION

第十七章:怪我と自惚れ

怪我は敵ではない。鏡だ。痛みの向こうで、広は自分の「焦り」と「見栄」を見つける。
Hiro連作(全30章) 17 / 30 痛みが真実を映す

痛みは、静かに来る。 雷のように来ない。 いきなり倒れるようには来ない。 それが厄介だった。 雷なら怖い。 倒れるなら諦める。 けれど静かな痛みは、判断を遅らせる。 判断が遅れると、男は自分の力を試したくなる。 そして試した瞬間に、痛みは牙を見せる。

広の足首は、前日から少しだけ重かった。 ほんの少し。 いつもより湯船が気持ちいい程度の重さ。 いつもより床が冷たく感じる程度の重さ。 広はそれを「疲れ」と呼んだ。 疲れと呼べば、怖くない。 疲れは努力の証拠になる。 努力の証拠は、誇りになりやすい。

誇りは、背中を強くする。 だが誇りが“見栄”に変わると、背中を折る。 見栄は静かに忍び込み、言葉を借りる。 「俺は大丈夫」 「これくらい平気」 「休むと弱く見える」 見栄はいつも、強い言葉を使う。 強い言葉は、弱さを隠すための布になる。

稽古場に入ると、土の匂いが広を持ち上げた。 土の匂いは薬だ。 眠気も、昨日の悔しさも、恥も、まとめて飲み込んでくれる。 だが薬は過ぎると毒になる。 土の匂いに酔うと、人は自分を無敵だと思い始める。

「土俵は嘘を嫌う。」
「でも、嘘のほうが先に土俵へ上がることがある。」

相手は同じ番付の若い衆だった。 体はまだ出来上がっていない。 だが目が鋭い。 目が鋭い相撲取りは、怖い。 まだ力が足りないぶん、心が先に前へ出る。 心が先に出ると、当たりが尖る。 尖った当たりは、弱い場所へ来る。

広は足首の重さを無視した。 無視したのではなく、見なかった。 見ないのは、嘘の始まりだ。 見なければ、言葉で覆える。 覆えば、形は保てる気がする。 形が保てた気がするのが、一番危ない。

立ち合い。 広の身体は走った。 走る身体は強い。 強い身体は、痛みを置いていく。 置いていかれた痛みは、後ろから追いかけてくる。 広は一気に押した。 相手が下がる。 その瞬間、広の心が少しだけ笑った。 「いける」 その笑いが、見栄の合図だった。

相手は横に逃げた。 広は追った。 追う足が、ほんの僅か、遅れた。 遅れた足は、角度を変えるのが遅れる。 角度が遅れると、足首がねじれる。 ねじれは音を立てない。 音を立てずに、身体の中で“ほどける”。

広は一瞬、空気が抜けたように感じた。 体が軽くなったわけではない。 体の中の綱が一本、切れたような感じ。 切れると、次に来るのは痛みだ。 痛みは、遅れて来る。 その遅れが、男の判断を壊す。

広はまだ押せると思った。 だから押した。 まだ取れると思った。 だから追った。 まだ勝てると思った。 だから腰を入れた。 そして痛みが来た。 足首に、熱い針が刺さったような痛み。 熱いのに、冷たい。 冷たいのに、熱い。 身体の中で矛盾が暴れた。

「今だ、止まれ。」
「止まれ、広。」

自分の声がした。 だが広は止まらなかった。 いや、止まれなかった。 止まると負けに見える。 それが見栄だ。 見栄は強く見えるが、実は弱い。 見栄は「人の目」を養分にする。 人の目がない場所では、見栄は萎む。 けれど稽古場には目がある。 先輩の目。 後輩の目。 親方の目。 そして何より、自分の目。

広は取り切ろうとした。 取り切れば、痛みが嘘になる気がした。 嘘に出来るなら、今日の自分は勝てる。 そう思った瞬間、足が沈んだ。 沈んだのではない。 かたちが崩れた。 崩れたかたちは、土俵が見逃さない。

広は倒れなかった。 倒れないことが良いことのように思える。 けれど倒れないのは、ときに悪い。 倒れないで、無理を続けると、怪我は深くなる。 深い怪我は長く残る。 長く残るものは、名を削る。 名が削れると、背中が軽くなる。 横綱の背中は軽くなってはいけない。

先輩が止めた。 肩を掴まれ、広は土俵の外へ押し出された。 押し出されるのは屈辱だ。 だが押し出される屈辱は、守りでもある。 広は怒りかけた。 「まだやれる」 その言葉が喉に出かかった。 喉の奥で、線香の匂いが揺れた。 墓地の冷たさが、喉を締めた。 広は言葉を飲み込んだ。

床に座ると、痛みが増す。 立っているときに無理に詰めていた痛みが、 座った瞬間に、遠慮をやめる。 痛みは遠慮をしない。 遠慮しない痛みは、嘘に勝つ。

親方が近づいてきた。
目は怒っていない。
怒っていないのに、広は震えた。
「……何が痛い。」

広は答えられなかった。 痛い場所を言うのは簡単だ。 足首だ、と言えばいい。 だが本当は、もっと痛い場所がある。 足首より痛い場所。 自分の中の、見栄の場所。 見栄は足首より深い。 見栄は骨ではなく、心を捻る。

親方はしゃがんで、広の足を見た。 手で触れない。 触れずに見る。 見るだけで分かる人は怖い。 見るだけで分かる人は、嘘を見抜く。

「痛みを隠すのは強さじゃない。」
「痛みを“使う”のが強さだ。」

痛みを使う。 その言葉が広の胸に落ちた。 落ちたが、すぐには拾えない。 痛いときは、言葉を拾う指が動かない。 指が動かないなら、背中で拾う。 背中で拾うには時間が要る。 広はその時間が嫌だった。 嫌なのが見栄だ。 見栄は早い。 見栄はすぐ結果が欲しい。 横綱の背中は遅い。 遅い背中は、時間と一緒に育つ。

その日の稽古、広は土俵に上がらなかった。 上がらないのは屈辱だ。 だが屈辱は薬にもなる。 屈辱を飲み込めると、見栄が痩せる。 見栄が痩せると、背中が太る。 皮肉だが、本当だ。

部屋の廊下を歩くとき、広は足を引きずった。 引きずる音が恥ずかしい。 その恥ずかしさの中に、救いがある。 恥ずかしいと感じるのは、まだ自分が“形”を大事にしている証拠だ。 形を大事にする人は、やり直せる。

夜、広は寝床で足首を冷やしながら、目を閉じた。 目を閉じると六本木の光が来るかと思った。 来なかった。 来たのは、墓地の朝の匂いだった。 線香の匂い。 石の冷たさ。 そして親方の短い言葉。 痛みを隠すのは強さじゃない。

広は初めて、自分の「横綱になりたい」が、 いつの間にか「横綱のように見られたい」に混ざっていたことを知った。 見られたい、は見栄だ。 なりたい、は覚悟だ。 見栄は怪我を呼ぶ。 覚悟は怪我と付き合う。

「俺は、なりたい。」
「見られたいんじゃない。」

そう呟いたとき、痛みが少しだけ遠のいた気がした。 痛みが遠のいたのではない。 広の心が、嘘を一つ捨てたのだ。 嘘を捨てると、痛みは意味に変わる。 意味に変わると、耐えられる。 耐えられると、背中が戻る。

だが怪我は、広を休ませるだけでは終わらない。 怪我は、周囲の目を呼び寄せる。 「あいつ、どうした」 「弱いんじゃないか」 「期待は外れか」 そういう声が増える。 声が増えると、見栄がまた太ろうとする。 見栄はしぶとい。 しぶとい見栄を倒すには、新しい敵が必要になる。

次の章で広は、もう一つの“影”と向き合う。 土俵の外から差し込む影。 自分の中の恐れを増幅させる影。 そしてその影は、広がまだ言葉にしたことのない種類の影だ。 それは「外国」という影—— 力の形が違う者たちが、相撲の輪郭を変え始める。