痛みは、静かに来る。 雷のように来ない。 いきなり倒れるようには来ない。 それが厄介だった。 雷なら怖い。 倒れるなら諦める。 けれど静かな痛みは、判断を遅らせる。 判断が遅れると、男は自分の力を試したくなる。 そして試した瞬間に、痛みは牙を見せる。
広の足首は、前日から少しだけ重かった。 ほんの少し。 いつもより湯船が気持ちいい程度の重さ。 いつもより床が冷たく感じる程度の重さ。 広はそれを「疲れ」と呼んだ。 疲れと呼べば、怖くない。 疲れは努力の証拠になる。 努力の証拠は、誇りになりやすい。
誇りは、背中を強くする。 だが誇りが“見栄”に変わると、背中を折る。 見栄は静かに忍び込み、言葉を借りる。 「俺は大丈夫」 「これくらい平気」 「休むと弱く見える」 見栄はいつも、強い言葉を使う。 強い言葉は、弱さを隠すための布になる。
稽古場に入ると、土の匂いが広を持ち上げた。 土の匂いは薬だ。 眠気も、昨日の悔しさも、恥も、まとめて飲み込んでくれる。 だが薬は過ぎると毒になる。 土の匂いに酔うと、人は自分を無敵だと思い始める。
「土俵は嘘を嫌う。」
「でも、嘘のほうが先に土俵へ上がることがある。」
相手は同じ番付の若い衆だった。 体はまだ出来上がっていない。 だが目が鋭い。 目が鋭い相撲取りは、怖い。 まだ力が足りないぶん、心が先に前へ出る。 心が先に出ると、当たりが尖る。 尖った当たりは、弱い場所へ来る。
広は足首の重さを無視した。 無視したのではなく、見なかった。 見ないのは、嘘の始まりだ。 見なければ、言葉で覆える。 覆えば、形は保てる気がする。 形が保てた気がするのが、一番危ない。
立ち合い。 広の身体は走った。 走る身体は強い。 強い身体は、痛みを置いていく。 置いていかれた痛みは、後ろから追いかけてくる。 広は一気に押した。 相手が下がる。 その瞬間、広の心が少しだけ笑った。 「いける」 その笑いが、見栄の合図だった。
相手は横に逃げた。 広は追った。 追う足が、ほんの僅か、遅れた。 遅れた足は、角度を変えるのが遅れる。 角度が遅れると、足首がねじれる。 ねじれは音を立てない。 音を立てずに、身体の中で“ほどける”。
広は一瞬、空気が抜けたように感じた。 体が軽くなったわけではない。 体の中の綱が一本、切れたような感じ。 切れると、次に来るのは痛みだ。 痛みは、遅れて来る。 その遅れが、男の判断を壊す。
広はまだ押せると思った。 だから押した。 まだ取れると思った。 だから追った。 まだ勝てると思った。 だから腰を入れた。 そして痛みが来た。 足首に、熱い針が刺さったような痛み。 熱いのに、冷たい。 冷たいのに、熱い。 身体の中で矛盾が暴れた。
「今だ、止まれ。」
「止まれ、広。」
自分の声がした。 だが広は止まらなかった。 いや、止まれなかった。 止まると負けに見える。 それが見栄だ。 見栄は強く見えるが、実は弱い。 見栄は「人の目」を養分にする。 人の目がない場所では、見栄は萎む。 けれど稽古場には目がある。 先輩の目。 後輩の目。 親方の目。 そして何より、自分の目。
広は取り切ろうとした。 取り切れば、痛みが嘘になる気がした。 嘘に出来るなら、今日の自分は勝てる。 そう思った瞬間、足が沈んだ。 沈んだのではない。 かたちが崩れた。 崩れたかたちは、土俵が見逃さない。
広は倒れなかった。 倒れないことが良いことのように思える。 けれど倒れないのは、ときに悪い。 倒れないで、無理を続けると、怪我は深くなる。 深い怪我は長く残る。 長く残るものは、名を削る。 名が削れると、背中が軽くなる。 横綱の背中は軽くなってはいけない。
先輩が止めた。 肩を掴まれ、広は土俵の外へ押し出された。 押し出されるのは屈辱だ。 だが押し出される屈辱は、守りでもある。 広は怒りかけた。 「まだやれる」 その言葉が喉に出かかった。 喉の奥で、線香の匂いが揺れた。 墓地の冷たさが、喉を締めた。 広は言葉を飲み込んだ。
床に座ると、痛みが増す。 立っているときに無理に詰めていた痛みが、 座った瞬間に、遠慮をやめる。 痛みは遠慮をしない。 遠慮しない痛みは、嘘に勝つ。
親方が近づいてきた。
目は怒っていない。
怒っていないのに、広は震えた。
「……何が痛い。」
広は答えられなかった。 痛い場所を言うのは簡単だ。 足首だ、と言えばいい。 だが本当は、もっと痛い場所がある。 足首より痛い場所。 自分の中の、見栄の場所。 見栄は足首より深い。 見栄は骨ではなく、心を捻る。
親方はしゃがんで、広の足を見た。 手で触れない。 触れずに見る。 見るだけで分かる人は怖い。 見るだけで分かる人は、嘘を見抜く。
「痛みを隠すのは強さじゃない。」
「痛みを“使う”のが強さだ。」
痛みを使う。 その言葉が広の胸に落ちた。 落ちたが、すぐには拾えない。 痛いときは、言葉を拾う指が動かない。 指が動かないなら、背中で拾う。 背中で拾うには時間が要る。 広はその時間が嫌だった。 嫌なのが見栄だ。 見栄は早い。 見栄はすぐ結果が欲しい。 横綱の背中は遅い。 遅い背中は、時間と一緒に育つ。
その日の稽古、広は土俵に上がらなかった。 上がらないのは屈辱だ。 だが屈辱は薬にもなる。 屈辱を飲み込めると、見栄が痩せる。 見栄が痩せると、背中が太る。 皮肉だが、本当だ。
部屋の廊下を歩くとき、広は足を引きずった。 引きずる音が恥ずかしい。 その恥ずかしさの中に、救いがある。 恥ずかしいと感じるのは、まだ自分が“形”を大事にしている証拠だ。 形を大事にする人は、やり直せる。
夜、広は寝床で足首を冷やしながら、目を閉じた。 目を閉じると六本木の光が来るかと思った。 来なかった。 来たのは、墓地の朝の匂いだった。 線香の匂い。 石の冷たさ。 そして親方の短い言葉。 痛みを隠すのは強さじゃない。
広は初めて、自分の「横綱になりたい」が、 いつの間にか「横綱のように見られたい」に混ざっていたことを知った。 見られたい、は見栄だ。 なりたい、は覚悟だ。 見栄は怪我を呼ぶ。 覚悟は怪我と付き合う。
「俺は、なりたい。」
「見られたいんじゃない。」
そう呟いたとき、痛みが少しだけ遠のいた気がした。 痛みが遠のいたのではない。 広の心が、嘘を一つ捨てたのだ。 嘘を捨てると、痛みは意味に変わる。 意味に変わると、耐えられる。 耐えられると、背中が戻る。
だが怪我は、広を休ませるだけでは終わらない。 怪我は、周囲の目を呼び寄せる。 「あいつ、どうした」 「弱いんじゃないか」 「期待は外れか」 そういう声が増える。 声が増えると、見栄がまた太ろうとする。 見栄はしぶとい。 しぶとい見栄を倒すには、新しい敵が必要になる。
次の章で広は、もう一つの“影”と向き合う。 土俵の外から差し込む影。 自分の中の恐れを増幅させる影。 そしてその影は、広がまだ言葉にしたことのない種類の影だ。 それは「外国」という影—— 力の形が違う者たちが、相撲の輪郭を変え始める。